響く剣戟の音が、まるで激しい舞曲のように――
交差する銀光が、まるで二人を照らし出す照明のように――
赤と蒼、二人の舞踏が今始まる――

"Moon in the Sky"

浮遊感。
続いて、体の組織の一つ一つが、第五元素エーテルによって構成され、幽体であるこの身が実体化していく感覚。
殻に閉じこめられるような束縛感の後に、五感と肉体が備わっていく――
この感覚には、いつになっても慣れない…いや、むしろ慣れたくもないが。
そんなことを考えつつ、彼はその感覚に身を委ねる。
そして、顕在。
久しぶりに実体化をした身体の感覚を一通り確かめ、周囲を見渡すと、
「…ほう、これは…」
見渡す限り、世界は...いた。
形容でも、比喩でも何でもなく、その言葉が示す通り、周囲に存在するもの全てが尽く死んでいたのだ。
それは一つの地獄の具現。
「この状況から見ると、やはり今回の召喚は、霊長の抑止力の件のようだな…」
赤き外套を纏った騎士が、死の大地を踏み分け、歩く。

「―――ようこそ、この素晴らしき惨殺空間へ。
その気配…、アンタ、抑止力か。」

瞬間、彼は、その場から一気に飛び退き、周囲を瞬時に認知。
少し離れた丘の上に、目を包帯で覆い隠した青年が立っていた。
姿は、彼の生前にあったものと同じような蒼い学生服。
しかし、その右手には、鋭い銀光を放つナイフ。
醸し出す雰囲気は、通常のソレとは全くの異質。
それは、日常にあってはならない存在、境界の向こう側に置いてのみ、その存在を許容される全くの規格外――

「そういう君こそ分かり易いな。その姿、この状況、そしてなにより、その魔眼封じの包帯。
初めまして、殺人貴。いや、この世界では、"殺人鬼"か?」
「ほぅ…、流石は抑止力。その情報網は確かと言うことか。
しかし――

君は少し勘違いをしているようだな…」
「何?」
急な口調の変化の後、

ザ、ザザ、ザザッ、ザーーーーー

突如、青年の姿がTVの映像にノイズが入ったようにぶれ、金髪の男へと変化していく。
「そうか――、貴様は」
「如何にも。我が名はワラキアの夜。タタリなどとも呼ばれているようだが…まぁ、尤もそんなことはどうでも良かろう。
今宵の舞台に下らぬ説明など不要。それに、今の私は殺人鬼以外の何者でも無いのだからな。」

――つまり、この世界の人類は殺人鬼の噂を纏ったタタリによって破滅の危機に陥っているということか…。

タタリが再び殺人鬼の姿を紡ぎ、それを纏うのを目にし、彼はそう結論付ける。
「さっさと始めようか、抑止力。
アンタが誰かは知らないが、折角の舞台、断るほど無粋じゃないだろう?」
殺気を迸らせ、タタリがそう口にする。
対峙する赤と蒼。
此方、赤き外套を纏う騎士、エミヤ。
彼方、蒼き制服を纏う殺人鬼の噂を纏う死徒二十七祖の第十三位、タタリ。
「ああ、止めはしない。だが、
――殺してしまっても、文句は聞かんぞ?」
そう言い放つと同時に、エミヤは、手に干将莫耶を投影し、駆ける。
地面が爆ぜ、赤い旋風が死の大地を疾駆する。
「ふっ!」
タタリを一刀両断にせんと、上段からの神殺の一撃を繰り出すが、間合いを見切ったタタリは、致命傷を避けるべく後退。
しかし、疾風迅雷の刃はタタリの予想速度を上回って更に加速。
が、タタリは這うように姿勢を下げ、不意にエミヤの方に向かって跳躍し、回避。
更にもう一刀の斬撃が回避不能な角度から迫るが、
「甘い!」
手をナイフの腹に添え、全力を以てその一撃を逸らす。
そして、ナイフにかかる斬撃の慣性を利用して、後方へ回転、飛翔する。
エミヤは、間合いを詰め、タタリに斬りかかろうとするが、迎え撃つタタリの斬撃の軌道が、下段の構えから刺突に変更。
「疾っ!」
全斬撃法の内最速を誇る刺突がエミヤに迫るが、エミヤは上体をずらし、回避。
回避によって崩れた体勢を、強引に前方回転にもっていき、その回転の慣性を水平蹴りに切り替え、タタリの軸足を払う。
「チッ…」
その回避に生じる隙を狙っていたタタリは、体勢を崩すが、エミヤの身体を蹴り、その反動で後ろに跳躍。
エミヤも腹筋を利用して、すぐさま起きあがる。
再び超疾する赤と蒼の影。
繰り出される一撃は、全て必殺。
共に、お互いの首を討たんとする。
交錯する陰と陽の双刀と、銀光のナイフ。
火花を散らし、交錯する剣戟の音が死の世界に響き渡る――

「ふむ、舞台の配役には申し分無い。それでは本番といこうか――」
タタリの目を覆う魔眼封じの包帯が自然に解けていき、その下から爛々と蒼く輝く眼が姿を現す。
その瞬間、世界はこの男に恐怖した。
空気や時間、この世界に存在する何もかもが動くのを止めたかのような錯覚。
無限にも近い戦場を駆け抜け、あらゆる敵と戦い、あらゆる存在と対峙してきたエミヤでさえ顔を強張らせるナニカがあった。
「さあ―――殺し合おう。」
先に動いたのはタタリ。
予備動作無しに、スローギアからトップギアへ変換し、死角から死角へと飛び移る様は、まるで蜘蛛の如く。
そして、その軌跡は不規則かつ、高速。
エミヤは、視覚を拡張することで、死角を減少させ、その攻撃に備えようとするが、
「遅すぎるんだよっ!」
完全なる死角からの攻撃に躱しきれず、エミヤの頬が裂け、顎を伝って血が滴り落ちる。
弾かれたように二人は距離を取り、そして、反転。
タタリが飛び上がり、死神の鎌のようにナイフを振り下ろし、エミヤの首を狙うが、エミヤは反対に、双刀を大地からすくい上げるように打ち出す。
「っ――――」
パリン、と言う音。
干将の刀身が"殺され"真っ二つになっていた。
エミヤは莫耶を盾にして、タタリの斬撃を躱し、タタリの身体を踏み台に跳躍し、離脱。
――これが直死の魔眼。万物がその誕生より内包する"死"を視認し、存在しているなら神さえも殺せると言う最高位の魔眼。
話には聞いていたが、まさか直に対峙するとは…私の運の無さも筋金入りになったものだ――
エミヤが自嘲ぎみに呟く。
――接近戦での能力は奴の方が上。ならば――
破壊された干将を再び投影し、
「―――鶴翼、欠落ヲ不ラズ」
その双刀をタタリに向かって、投擲する。
そして、そのまま駆け出し、投擲した干将莫耶の代わりに、新しく干将莫耶を投影する。
「無粋な……」
タタリは最初に投擲した双刀を容易に捌き、エミヤに向かって加速する。
しかし、
「何っ!?」
一度弾いたはずの干将莫耶が、エミヤの両手にある干将莫耶に引きつけられ、前後から計四本の刀が同時にタタリに斬りかかる――――。
と見せかけて、エミヤは更に両手の干将莫耶すらも投擲し、大きく後ろに離脱。

「――――I am the bone of my sword我が骨子は捻じれ狂う.」
エミヤの声が大気を揺らし、

「―――“偽・螺旋剣カラドボルグ”」
空間さえも根こそぎ狂い曲げ、音速を遙かに越える速度で矢がタタリへと迫る。

そして、
「――――"壊れた幻想ブロークン・ファンタズム"」
瞬間、白い閃光が周囲を染め上げ、あらゆる音が失われた。
これがエミヤの狙い。
四本の刀の同時攻撃でタタリの動きを完全に拘束し、そこに偽・螺旋剣を中てる。
そして、中った瞬間、偽・螺旋剣を崩壊させ、宝具に内包されている莫大なるエネルギーを炸裂させる。
これが幾多の戦場を越えた経験に基づく戦闘論理によって導かれた活路せいかい
のはずだった。
「ふ────は、はは、はははははは!
いや、確かに見事だ。流石は霊長の抑止力と言ったところか。
しかし、残念だ。今宵の宴が続く限り、私は不死身なのだよ。
君が如何に抑止力と言えど、不死はころせまい?」
そう言って、傷一つ負っていないタタリはエミヤに肉薄し、斬りつける。
「くっ……」
エミヤも再投影した干将莫耶で受け流し、反撃しようとするが、その尽くが"殺され"、干将莫耶は微塵と化す。
グラム、
デュランダル、
ミストルティン、
レヴァンティン、
フィン・マックール、
フルンティング、
如何なる神代の宝具を以てしても、その存在の綻びを斬られ、存在の崩壊を余儀無くされる。
その応酬で、エミヤの身体は、殺された箇所は無いものの、全身血だらけで凄惨、赤紅の外套も最早原型を留めていない。
「カット、カット、カット、カット、カット、カット、カット、カット、カット、カット、カット、
カット、カット、カット、カット、カット、カットカットカットカットカット―――――!!!!
久方に楽しめる舞台だと思ったのだが……興が削がれた。やはり本物を持たぬ偽物フェイカーなどに主役格は無理だったか…
く死ね――」
タタリの脚が撓み、蒼く光る眼が獲物を狩る獣のように燦々と輝き、
「極死―――……七夜。」
例えるなら蒼い閃光。
エミヤの鷹の眼を用いてもその視認は不可能だった。
それ故、その攻撃を躱せたのは僥倖以外の何物でもない。
しかし、
「かはっ……」
今の攻撃で飛び散る夥しい量の鮮血が血だまりを作り、身体中の腱という腱、血管という血管、神経という神経が悲鳴を上げる。
意識が急速に暗闇へとフェードアウトしていく感覚を覚えながら、エミヤはある風景を思い出していた……


それは、遙か過去の出来事だったのか、それとも、未だ見ぬ未来での出来事なのか…
黄金の草原を背にし、目の前には自分を見上げる、遙か昔自分の憧れであった少女の姿があった。
「答えは得た。大丈夫だよ遠坂。オレも、これから頑張っていくから」
そうこれはオレが答えを見つけたときの風景。
『正義の味方』に憧れ、それを尊いものと信じ、突き進み続けた――
「自分が知りうるかぎりの世界では、誰にも涙して欲しくない」、そんな理想論を抱いて走り続けた――
それが借り物の思いだと知ってなお、その理想を信じて、追い求めた――

『体は剣で出来ている』

無限の摩耗、無限の悔恨、無限の怨磋を、体を剣に、心を鋼にして駆け抜けた――
そして、その先に得た確かな答え――
ならば、自分はまだ戦えるはず。
衛宮士郎に出来たのだ――エミヤシロウじぶんに出来ない道理は無い――!!


力が入らない四肢に魔力を行き渡らせ、強制的に稼働させる。
五体は既に満身創痍、しかし、その瞳に宿るは滾る闘志。
思考が加速し、刹那が永遠であるかの如く、時が引き延ばされ、世界を構成する粒子すらも把握するような、そんな感覚――

――創造の理念を鑑定し
――基本となる骨子を想定し
――構成された材質を複製し
――製作に及ぶ技術を模倣し
――成長に至る経験に共感し
――蓄積された年月を再現し、
ここに、幻想を結びて剣と成す――――!

そして、右手に集う魔力の流れを察知し、疾く始末せん、と、此方に向かってくるタタリに、既に投影完了したソレを突き付けた。
赤い光が漏れ、禍々しい魔力の奔流。
「……! ぬ!? なんだ、思考が────」
殺人鬼の姿にノイズが入り、先程現れた金髪の男、タタリになる前の死徒、ズェピア・エルトナム・オベローンへと変化していく。
「真逆……、有り得ぬ。
この身は次の朱い月までは戻らぬはず!
何という理不尽。貴様、何をした!?」
「この"破戒すべき全ての符ルールブレイカー"で、貴様とアルトルージュの契約を破戒させて貰った。
故に、貴様は契約が成立する前の状態に戻される。」
右手に手にしていた歪んだ短刀を捨てながら、そう言い放つ。
そうして、徒手空拳の状態から、右手を中空に突きだし、その右手を左手で握りしめ、
自らの心象世界を以て、現実世界と成す。

Steel is my body, and fire is my blood.血潮は鉄で 心は硝子
 I have created over a thousand blades.幾たびの戦場を越えて不敗
 Unknown to Death.ただの一度も敗走はなく
 Unknown to life.ただの一度も理解されない
 Have withstood pain to create many weapons.彼の者は常に独り 剣の丘で勝利に酔う
 Yet,those hands will never hold anything.故に、生涯に意味はなく
 So as I pray,unlimited blade works.その体はきっと剣で出来ていた。


瞬間、赤い炎の線が地面に走り、死の世界が剣の丘へと改変される。
無限に並ぶ贋作の剣の丘の中心に、その赤き騎士は立っていた。
そして、彼は遙か昔、かの英雄王と対峙したときと同じように、
「いくぞ、タタリ。
六文銭の準備は十分か?」
「思い上がったな…、我が名はワラキアの夜、現象となった不滅の存在だ……!
こんなところで滅びるなど、断じて否!」
荒野を駆ける。
タタリの長く伸びた鋼鉄の爪がエミヤの首を掻こうとするが、エミヤが無造作に抜いた一本の長剣はその攻撃を予想していたかのように旋回。
「ぬっ――――」
轟音と軋り音。
タタリが爪を振り抜こうとするよりも早く、剣先がタタリの右腕を切り裂く。
そして、その重心移動を利用し、新しい剣を引き抜き、反転しながら、水平の円刃を放ち、タタリの胸板を薙ぐ。
しかし、その攻撃を見極め、タタリが無事な左の爪で半円を描くように流し、胴を両断せんとする。
「何だと――――」
だが、またしても、タタリの爪はエミヤには届かなかった。
エミヤがあっさりと剣を手放し、地面を蹴って後ろに跳躍したからである。
体勢を立て直したタタリは、『復元呪詛』によって驚くべき速度で再生された右腕とともに間合いを詰める。
――あの程度の攻撃では一時凌ぎにもならんか。ならばそれを上回る速度と出力を以て、その存在を叩き落とすのみ――
「ふっ――――」 距離を取っていたエミヤも、両手に干将莫耶を瞬時に呼び寄せ、疾走。
対して、タタリの爪が弧を描き、心臓に向かって突き出される。
切っ先は空を突き破り、亜音速をも凌駕する速度で迫る。
だが、エミヤは、それを刀の腹で受け流し、そのまま刀を滑らせながらタタリの懐に滑り込ませ、下顎に切っ先を走らせる。
タタリは、頬から血の軌跡を描きつつも空へ逃れるが、
エミヤがそれを追撃、下弦の月を描くかのようにすくい上げた双刀が着地しようとしたタタリを狙う。
タタリはそれを振り下ろす爪の一撃で弾き、反動と地を蹴り、飛び退こうとする。
が、一条の彗星けんが降り注ぎ、タタリの退避を抑制。
生じた一瞬の隙にエミヤが肉薄、間髪入れず、左肩から右脇腹までを両断。
「はああああああああ…………!!!!」
矢継早に裂帛の気合いで、斬る。
音速を超え、光速を超え、神速すらも超えて、

斬る、
斬る、
斬る、
斬る、
斬る、
斬る、
斬る、
斬る、
斬る、
斬る、
斬る、
斬る、
斬る、
斬る、
斬る、
斬る、
斬る―――――

そして、
全工程投影完了セット――――是、射殺す百頭ナインライブズブレードワークス

それはヘラクレスがヒュドラを倒すのに用いた宝具。
多重次元屈折現象キシュア・ゼルレッチを引き起こす、九方向からの完全同時攻撃。
そんな反則級の技を以てしてもなお、タタリは健在だった。
しかし、
「なっ……」
タタリが目にしたのはエミヤが持つ黄金の光の束。

「――――約束された勝利の剣エクスカリバー――――!!!」


これこそがエミヤの本命。

『───問おう、貴方が私のマスターか』

それは、記憶が摩耗してしまっても尚忘れなかったその言葉とともに、彼の心の奥底に刻み込まれた一本の剣。
それは、彼の剣となり、共にあの聖杯戦争を駆け抜けた、誇り高き黄金の少女が担っていた剣――
それは、星の光を集めた、最強の聖剣――

その剣が、周囲を黄金の光で染め上げ、直線上のもの全てを消滅させた―――――










任務終了を告げるように身体が透明の粒子になっていくのを感じ、エミヤは長息する。
「用が済めば、すぐ消滅か…。全く以て抑止力とは都合の良い駒だな…。」
自らが人生を自嘲しつつも、消滅までの短い時間の間、エミヤはたった今自らの手で消滅させたタタリのことを無意識に反芻していた。

アレは道を踏み外した自分の姿だった。
彼は優れ過ぎたが故、答えを見てしまった。
そして、自らの理想を信じ切れずに至ったその果てに正気を失ってしまった。
自分も答えを得られていなかったら、彼のようになっていただろう…
だが、自分は答えを得た。
ならば、理想を信じて走り続けよう。
その果てに、
有り得ないような平和の中で、
誰しもが笑って暮らせるような世界があると信じて――


天上には、透けるように青白く光る満月。
今、はたと気付いたように顔を上げ、
「ああ―――今夜はこんなにも月が、綺麗――――だ―――――」
とだけ呟き、月光に溶けるように赤い騎士の姿は消滅した。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
後書き
コンセプトは、志貴@七夜VSアーチャーの予定だったんですが、書いている内に、いつの間にかアーチャーVSタタリになってしまいました(マテ
で、書いていて困ったのが三人称でのアーチャーの呼び方。
聖杯に呼び出されたんじゃないんで、仕方なくエミヤにしたんですが、エミヤで呼ぶのに最後まで何となく違和感が…。
やっぱ俺の中では彼は、アーチャーです(ぇ
今後、長編とかも書いてみたいんですが、俺の執筆スピードの遅さと定期的に時間が取れないのもあって断念するこの頃。
で、今年中には後2本ぐらい短編書き溜めしておきたいんですが…これもどうだろ?(ぇー
バトルの描写も結構飽きたので、ほのぼの系とかギャグ物とかにも挑戦してみたいんですけどね。
でも、俺がギャグ物書くとキャラが関西人化してしまう可能性があるので要注意です(ぉ
最後になりましたが、校正を手伝ってくれた知人に感謝しつつ、掲示板とかメールで随時感想募集中ですとか言って、終わりー。