interlude 11-0

「行ったか・・・凛」
かつての自分と走り去るマスターを背にし、こんな台詞を吐いた。

『正義の味方』に憧れ、それを尊いものと信じ、突き進んだ自分。
「自分が知りうるかぎりの世界では、誰にも涙して欲しくない」、そんな理想論を抱いて走り続けた。
しかし、その理想の果てにあったものは、絶望だけだった。
救いたかったはずの人間の闇、意味のない平和、意味のない平等…それを嫌と言うほどに、拒んでも見せつけられた。
故に、歪んだ理想を抱いていたかつての自分を殺し、守護者となったこの身をこの輪から解き放つ機会をただひたすらに待ち続けた。
そしてゼロにも近い可能性の中、この聖杯戦争に辿り着いた。

しかし、自らのマスターとなった、遠坂凛によってその運命は大きく動かされた。
まだこの身が衛宮四郎であった頃、そして聖杯戦争に巻き込まれ、ランサーに殺されてしまった時。
 自分の切り札であった宝石を使ってまで蘇生をさせてくれた礼、
…その時は知る由もなく、果たせなかった礼。
最早誰の物かも忘れてしまっていたが、それでも持ち続けたその宝石、そして、自らが召還の際に自分と彼女を繋いだもの。
その礼に懸けて、彼女に懸けて、俺は衛宮四郎を殺すと言う彼の唯一残った希望を捨て、彼女を守り抜くと誓ったのだ。
他人が見れば、きっと笑うだろう。だが、それも上等。
この身は主に仕えし者サーヴァント、その定めに従いて、マスターを守る。
 この身は生涯『正義の味方』を追い求めてきた。ならば、彼女だけの『正義の味方』になるというのも悪くはない。
「行くぞ、狂戦士バーサーカー
戦いの準備は十分か?」
 視線の先に捉えるは、この聖杯戦争最強のサーヴァント、バーサーカーである半神ヘラクレスとそのマスター、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。
 しかし、例えこの命燃え尽きようとも、このエミヤの名に懸けて、俺の生涯突き通した信念に懸けて、その誓いを守り抜く!!
「何よ、アーチャーの癖に格好付けちゃって。何処の誰だか知らないけど、アーチャー如きが私のバーサーカーに敵うはずが無いじゃない。
やっちゃえ、バーサーカー」
 その言葉に従い、黒い巨体が疾駆してきた。
 勢い嵐が如く、繰り出される攻撃は全て必殺。まともに打ち合えば、この身など軽く持っていくだろう。
 しかし、この身は数多の戦場を駆け抜けてきた。その中では神々に近き者や未来の兵器とも向かい合った事がある。
「自分より巨大で力のある者に対する戦術など百も承知。
力で敵わないならその悉くを技で凌駕し、その巨体をも滅ぼさん」
 既に両手に収められていた夫婦剣に一気に魔力を注ぎ込み、その巨体を迎え撃った。

「くっ…」
 だが、打ち合う事数度、怒濤のように襲い来るバーサーカーの一撃を捌ききれずに、この身は軽くエントランスホールの壁まで吹き飛ばされた。
 しかし、それも至極当然な事。
 技というものは所詮弱者が強者に近づくために編み出したもの、圧倒的なまでの力と速度が有るのなら、技の介入する余地などない。
「だから言ったでしょ、アーチャー。所詮貴方なんて口だけの能無しよ」
 イリアは当然の結果に先程の言葉を嘲笑するかのように高らかに笑った。
「…能無し?
何を今更。元よりこの身はただの人間…『正義の味方』に憧れて、突き進んできただけのただの人間だ。
そして、俺に出来る事は唯一つ。自らの心を、形にする事だけだ」
 ゆらり、と前に伸ばした右腕を左手で握りしめ、

「―――I am the bone of my sword.体は剣で出来ている

 俺が俺である証明。自分自身の生涯を剣に例えた暗示を口にし、内に意識を飛ばした。

Steel is my body, and fire is my blood.血潮は鉄で 心は硝子
 I have created over a thousand blades.幾たびの戦場を越えて不敗
 Unknown to Death.ただの一度も敗走はなく
 Unknown to life.ただの一度も理解されない
 Have withstood pain to create many weapons.彼の者は常に独り 剣の丘で勝利に酔う
 Yet,those hands will never hold anything.故に、生涯に意味はなく
 So as I pray,unlimited blade works.その体はきっと剣で出来ていた。

 真名を口にする。
 その瞬間、世界が剣の荒野へと一変した。
「まさか、固有結界リアリティ・マーブル!?
魔術師の禁呪中の禁呪を、何でアーチャーなんかが?」
 そう、これは固有結界。その名を無限の剣製アンリミテッドブレイドワークス、俺がその生涯を掛けて手にした唯一の確かな答え。
「さあ来い、バーサーカー。
オマエ、俺を殺せるんだろう? ならさっさとかかってきた方がいい。このまま何もしないのなら、次にオマエが瞬きをした間に殺すよ。―――いいかげん、オマエの顔にも見飽きたところだ」
「なっ……、
……アーチャー、貴方余程死にたいらしいわね。
バーサーカー、こんな奴、固有結界ごと吹っ飛ばしちゃって」
 その言葉に応えるように黒い巨体が十間は在ろうかと言う間合いを一瞬で詰める。
 バーサーカー相手では、この固有結界によりランクの下がった宝具の一斉掃射を仕掛けたところで足止めにすらならないだろう。
 故に、こちらもかつての戦場で認めた神話時代の宝具を瞬時にたぐり寄せ、直接迎え撃つ。
 狙うはその足。まずは、そのスピードを殺させて貰う。
全て焼き尽くす劫火の剣レヴァンティン!!」
「オオオオオオオオオォオ――――!」
 その最高純度の攻撃は命さえも奪い去る。
 しかし…
「■■■■■――!!!」
 確実に死に至ったはずにもかかわらず、何事も無かったかのように、この命を吹き飛ばすであろう一撃が振り下ろされた。
「ちっ…」
 咄嗟に先程バーサーカーを斬った剣で受け流つつ、体勢を立て直すため、大きく間合いを取る。
「思ったよりやるじゃない、アーチャー。まさか一回だけでもバーサーカーを殺すなんてね。
でも残念でしたー。ソイツは十二回殺されなくちゃ死ねない体なんだから」
 …そうか、ギリシャ神話ではヘラクレスは、課せられた十二の難行を乗り越えて不死となったのだ。
 故に、十二の命のストック…それこそがこのバーサーカーの宝具。
「分かったでしょ、アーチャー。貴方なんかじゃ、バーサーカーを後十一回も殺せないわ」
 先程の結果に驚きつつも、自らのサーヴァントの最強を信じて疑わない少女はそう言い放った。 「ああ、そうだろうな。だが―――殺せないと決まった訳じゃないだろう?」
 そう言い返して、新たに投影した宝具と共に剣の荒野を駆け抜けた。

「■■■■■――!!!」
 迫り来る斧剣を目一杯魔力を注ぎ込んだ干将莫耶で受け流し、その隙に剣をたぐり寄せる―――
天竜をも滅ぼせしむ魔剣グラム!!」
「オオオオオオオオオォオ――――!」
「はぁ――――はぁ、はぁ、はぁ、は――――!」
「アーチャー…貴方一体何者?」
 茫然自失とした顔で彼女が呟いた。

 ―――それもそのはず、英霊が持つ宝具というものは英霊にとって生前共に在り続けた半身であり、それぞれの唯一無比のシンボル。
 しかし、このアーチャーは六度も、全く違った宝具の攻撃でバーサーカーを死に至らしめているのである。
 しかもアーチャーが繰り出した宝具はどれも所持していた英雄が異なるものであったはず。
 両足を溶解しかけたレヴァンティンはスルトが、
 首を切断したデュランダルはローランが、
 腕を飛ばしかけたミョルニルはトールが、
 肩から股下までを貫いたグングニルはオーディーンが、
 胸を突き刺したミストルティンはスルトが、
 そして腹を斬ったグラムはジークフリードが、
 神話時代を生きた彼らがそれぞれシンボルとする宝具なのである。それを一度に持つ英雄など歴史上の何処を探しても存在しない。
 故に、矛盾―――
「俺はただのアーチャーだ。それ以上でもそれ以下でもない」
「戯れ言はもう良いわ、アーチャー。
―――遊びは終わりよ。狂いなさい、ヘラクレス」
 彼女がそう言い終わるや否や、禍々しいまでの力の奔流、それが視覚出来るほどとなってバーサーカーから吹き出した。
 …まさか、彼女、バーサーカーから理性を奪い去るだけで、狂化まではさせていなかったのか。
「■■■■■――!!!」
 その早さはまさに神速の弾丸…最早不可視の領域。この鷹の目を持ってしても視覚の角にすらその動きを捉える事は出来なかった。
 しかし、考える以前に全力で真横に飛んでいた。
 次の瞬間、コンマ数秒前までアーチャーがいた場所が固有結界ごと跡形もなく吹き飛んだ。
 固有結界の維持による急速な魔力の減少によってその存在は薄れてきているものの、力業だけで固有結界を吹き飛ばすとは…
「―――なんて…デタラメな…」
 相手が後5回の命のストックがあるのに対し、こちらは切り札の固有結界が吹き飛ばされたことで残った魔力は投影数回分にもならないだろう。
 さらに身は幾度と無く繰り出された攻撃を完全には受け流しきれずに見るも無惨、赤紅の外套も最早原型を留めていない。
 ―――まさに、満身創痍だった。
 だが、理由を考えるまでもなく、この結果は必然的なものであった、勝負など始まる前から決していたのだ。
 所詮ただの人間である自分が半神であるヘラクレスに敵うはずがない。
 これまでこの身を生かしていたのは唯の偶然、神々の悪戯である。  前回の戦闘で得た情報を元にした行動予測と、培ってきた戦闘経験による状況打破。
 しかし、その能力を持つ『心眼』ですら、この半神には全くと言って良いほど歯が立たないのだから…
 幾ら人が足掻こうと夜空に佇むあの満月に手が届かないように…
 身に余る奇跡を欲した英雄が蝋で固めた翼をもがれ、地に墜とされるように…
 だが、彼女を守るために、その身に余る奇跡すらも欲す。

 自分はここで力尽きるだろう。
 しかし、例えここでこの命が果てようとも彼女への誓いをげることだけはできない!!
 投影するは生涯を共に駆け抜けた、自らのシンボルとも言える夫婦剣――干将莫耶――
 古の刀工が己の妻を犠牲にして創り得た名剣。
 それを両手に収め、数多の戦を駆け抜け、自分を生かし続けてきた戦術、編み出した“必殺の一撃”とともに…今!!
 これより先は無い最後の戦、英霊エミヤ、いざ参る!!
「刮目して見よ!!これぞ、我が生き様!!」
 そう言い放ち、ありったけの魔力を注ぎ込んだ夫婦剣を、今にもこの首を取らんとするバーサーカーへと投擲する。

「―――鶴翼、欠落ヲ不ラズしんぎ むけつにしてばんじゃく
 ―――心技、泰山ニ至リちから やまをぬき
 ―――心技、黄河ヲ渡ルつるぎ みずをわかつ
 ―――唯名、別天ニ納メせいめい りきゅうにとどき

 そう口にし、一度はバーサーカーに弾かれた干将莫耶が、自らも既に両手に投影したもう一組の干将莫耶に引かれ戻ってくるのとともに、
 前方左右、後方左右の四方向からの同時攻撃を仕掛ける。
「■■■■■――!!!」
 しかし、その同時攻撃すらも塵芥の効果も為さないのか、黒の巨人は斧剣を一気に旋回させ、その首に迫り来る四つの刃を全てなぎ払う。
 やはり…怪物、人の手では届かない、異なった次元の存在。
 …だが、ここまでは予想済み。どのような相手で、如何なる手段を取ろうとも、この回避の瞬間には絶対の隙が存在する。
 されど、この手にはこの先が用意されている。
「―――I am the bone of my sword.」
 再度その呪文を唱え、カラの両手に双剣を投影する。
 残った全魔力、そしてこの英霊エミヤの全てをその双剣に注ぎ込み、この一瞬においては神々すらをも凌駕する!!

「―――両雄、共ニ命ヲ別ツわれら ともにてんをいだかず――!!!」

 そう言い放ち、刹那だが、絶対の隙にその巨体を左右から両断する。
「■■■■■――!!!」
 しかし、如何なる道理にか、その絶対の隙を無きものにし、自らの全てを懸けた一撃をも上回る速度で死の刃が振り下ろされた。
 …万事休す…か…
 この瞬間自分の躯には自由になる個所が一つたりとも存在しなかったのだ。
 いや、あったとしても、もう既にこの身には一片すらも動く力も術も残されていなかった。
 ―――故に、その結果は必然。
 次の瞬間、弓兵はこの世から消滅していた。

 …しかし、自らの残された希望すらをも捨て、ただ少女を守る事を願った彼を誰が笑う事が出来ようか?
 その結末が、彼の死で終わったとしても。
 自らの全てを懸け、希望無き戦いに身を委ねた赤き騎士を――

interlude out